いやぁ~いまさら後悔したって遅いのはわかってるんですけどね、嬉しかったんですよ。
ほんと。
やっと子供が授かったんですからね。
結婚して7年ですもん。半分は諦めかけてたんですよ。
それが突然できちゃって。
日増しにでかくなるかみさんの腹を見てると、もう~嬉しくって嬉しくって。
だから、その話になると、ついつい話し込んじゃうんですよ。
私の欠点がおしゃべりだってのは知ってますよ。いままで何度もそれでしくじってますからね。
でも、ほんと、嬉しくって、つい話し込んじゃって、気がつくと女房との待ち合わせの時刻が過ぎてたんで、慌てて飛び出したら、車が来て、ドン!あっという間ですよ。
でっ、連れて来られたのが天国でしょ。
いやぁ~ビックリしましたよ、ホントにあったんですから。
でも、昔から聞いていた話とはちょっと違ってましてね。
どっかの会社の事務所みたいでね、その中を天使が右往左往してるんです。
そりゃもう忙しそうで、私なんか、ぼ~っと突っ立てたら叱られちゃいましてね
『早く受付へ行って手続きをしろ!』って言うんですよ。
なんでも近頃は天国も人口が過密気味なんで、入ってきた順番に生まれ変わらせていかないと溢れちゃうんだそうで、それの受付だって言うんですけどね。
いまいち訳がわからなかったけど受付の窓口を探したんです。
そしたら、女神が受付をやってまして
『これを書いて1番の窓口に出して』って用紙を渡すんです。
そりゃもう事務的な口調でね。
私なんか、女神っていったら綺麗でやさしい姿を想像してたから、そりゃもうガッカリ。
また、その用紙がね、履歴書みたいになってて、学歴や賞罰なんて項目もあるんです。
その中でも一番大きなマスがあって
『希望・出生種及び出生国』
なんて書いてあるんで、何のことか訊いてみたら
『どんな生き物でどこの国がいいか』
って希望を書けって言うんですよ。
何でも近頃は人間が嫌になって犬や猫に生まれたいって奴が増えたって言ってました。
人間以上に可愛がってもらえるらしいですよ。
どうなってるんでしょうかねえ。
もちろん私は『人間・日本』って書いたんですけどね。
そしたら、日本は駄目だって言うんです。
この国は出生率が低いから定員の空きが無いって、おまけに『この国はそのうちに消えて無くなっちゃう』なんて言うやら、いま空いてるのはアフリカの国だけだって。
そのうえ『ここならもし気に入らなくても、すぐに戻って来られるから平気だ』なんてこきゃがるんです。
てことは、生まれてもすぐに死んじゃうってことでしょう。
私ねぇ~生きてたときのことを、ちょっと考えちゃいましたよ。
テレビやなんかでエイズや飢餓のことをやってたけど、まったく他人事みたいにしか感じてなかったから。
で、私が絶対に嫌だって断ると、何かコネクションは無いかって。
三親等以内に妊娠してる人がいれば優先的にまわしてもらえるんだそうで。
そりゃ嬉しかったですよ。
すぐに『妻が妊娠してます』って言ったら『住所・氏名・年齢を記入して7番の窓口へ』って。
だから急いで7番の窓口へ行くと、今度は太った女神がいるんですよ。
太った女神なんて初めて見ました。
でも、これが優しくて・・・・・・そう、母親みたいな感じなんですけどね、
そこでやらされたことは『泣き方の練習』なんです。
赤ん坊が泣くでしょ?『オギャー』って。あれです。
そこで初めて知ったんですけど、赤ん坊が生まれた瞬間に泣くのは、記憶をリセットする為だそうなんです。
私は呼吸をする為だって教えられてきたから、最初は戸惑いましたけどね。
でも、何度も練習するうちに『そうなのかなぁ』って気になってくるから不思議なもんですね。
100回ぐらい練習したかな、太った女神が『もう大丈夫です。あとはお腹の中で練習していてください。くれぐれもタイミングを外さないようにね』って言うから
『もし、外しちゃったらどうなるんですか?』って訊くと
『記憶が消えずに残ったままになります』って言うんです。
ってことは、女房をママって呼ばなくちゃならない訳で。
でも、記憶が消えてても女房には変わりないんだし、何て考えてるうちに真っ暗になって、気がつくと私は胎児になってたって訳です。
で、いま、こうしてしゃべって・・・・・・あやっ、何かそろそろ、生まれなくちゃならないようです・・・・・・『オギャー』 の練習しなくちゃ・・・・・・でも、正直いって嬉しいやら不思議やら・・・・・・何とも言えない気持ちですよね・・・・・・何たって女房が・・・・・・
あっ!うそっ?
生まれちゃった!
泣かなきゃ!
『ん~と』
あっ、しまったっ!
『オッ、オギャー』
私、何か、またおしゃべりでしくじったみたいですね。記憶が消えてない。
だって、抱いてくれてる助産婦さんの、この胸の感触が気持ちいい。
まっ、いっか。
早く女房の顔が見たいなぁ。
産湯も済んだし、いよいよ逢えるかな。
どんな顔するかな。
名前を呼んだら驚くよなぁ。
待てよ、このまま少しずつ小出しにしていけば、私は天才児ってことになるよな。
いくら3流大学卒でも生まれたばかりで頭の中が30過ぎのオヤジだもんな。
何んかワクワクしてきた。
病室に来たぞ。
おっ、女房だ。
「健太君、私がママよ」
そっか、今度は健太か。てっきり私の一字を取ってつけると思ってたけど。
「ほら、見て、可愛いでしょう?あなたにそっくり」
なっ、なんだ?誰と話してるんだ?
「うん、この子が僕たちの愛の結晶ってわけだな」
だっ、誰だ、こいつは!
「できちゃったときはどうしようかと思ったけど」
「だよな、ご亭主に言うわけにもいかないし」
「でも、あの人単純だから喜んじゃって、おまけに、うまい具合に事故死してくれるしぃ~」
「保険金はしっかり残してくれたしぃ~か?」
「でも、ほんと、ラッキーだったわよね。もう少し遅ければ、あの計画を実行してた・・・・・・」
「それは忘れろって言っただろ。おかげで手を汚さずに済んだんだから」
「そうよね、忘れましょ。これからは三人で幸せに・・・・・・」
女房と知らない男が抱き合い接吻をしてる。
私はどうしたらいいものか考えた。
でも、考えなどまとまるはずがない。
考えるほどに悲しくなってきた。
泣けてきた。
大声で泣いた。
『オギャー!』

これはフィクションで、my Styleのお客様とは関係ありません。。。たぶん
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