老人力

老人力

赤瀬川源平(著)1998年 筑摩書房

素直に【ろうじんりき】と読んでいただきたい。

これは、著者である赤瀬原平氏が友人と作られている【路上観察会】なる意味不 明なサークルから発祥した造語である。

1986年に【路上観察学入門】が出版され話題を呼んだ。

私も読み、大いに楽しませていただいたのだが、記憶されておられる方は少ないだろう。

そもそも【老人力】とは如何なるものなのか。

同書を読んでいただければ手っ取り早いのだが、つまりは、物忘れなどを初めとした老人特有の症状を指しているのであり、用例としては、歳をとった、モーロクした、ボケてきたなどと言う代わりに『老人力がついてきた』と使う。

著者はこう言うことで『歳をとることに積極性が出てくる』と表現されている。

そして、著者自信の様々な事例を挙げながら【老人力】について分析を加えているのが本書なのだ。

例えば、何かをする際に『どっこいしょ』という言葉が漏れたなら老人力のほとばしり『あっ、どっこいしょ』となれば立派な老人力で『あぁー、どっ こいしょ』となると積極性に満ちた老人力という具合である。

また、老人力がつくのは何も人間ばかりではなく、物体にもつくのである。

一般的にそれは【味わい】などと称されているが、使い込まれた品に宿る【び】の世界を指している。

しかし、古くなれば何でも【老人力】がつくという 訳ではなく、古いが故の快さ、駄目だけど駄目な味わいが出たところが【老人力】であるという。

そして、冒頭において『積極的に歳をとる』この姿勢が何よりも大切であって、老人力とは複雑怪奇なエネルギーであるからして、簡単に は手に入らない。

つまり、山を登り、谷を渡り、崖伝いに歩き、断崖を飛び越え、滝壺の底を潜り、洞窟を抜け、命からがらたどり着いた蒲団の上でやっと手に 入れることができる秘密の力なのだ。

そもそも、老人になること自体が艱難辛苦の末にたどり着くことなので、なりたいからといって5万円払って老人になる訳 にはいかないのであると断言されている。

このように、概してマイナス志向になりがちな老いについて、軽妙な文体で限りなくプラス志向に転じてしまうあたりは著者の面目躍如であり、何度読んでも頭が下がるばかりなのだ。

これで、再読も何度目になるのかも忘れてしまったことや、初めて読んだときとはまた違った思いで読み進めることができたのは、私にも確実に【老人力】がついてきたということであろう。

因みに、文庫化にあたり続編の【老人力 2】と抱き合わせになったので、今は一冊で二度美味しく味わえるようになったようだ。



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