家族

1104。。。1104。。。
ぼくは春を運んで来るはずの数字を探していた。

985、991、998、1002。。。そっか、1000番のあいつは駄目だったんだ。
縁起がいい数字だろって、受験票を見せてくれたけど。

1019、1025、1031、1044。。。けっこう落ちてるぞ。
1095、1098、1100、1104あった!

もう一度しっかり確認する。

1104番。それは陽射しのように輝いていた。ぼくにはそう見えた。

急いで携帯を取り出す。メールなんかする気は、まったく起こらない。

まっ先に母の声が聞きたかった。

ワンコールと同時にその声がした。

「どうだったの?」
「うん」
「うんだけじゃ、わからないわよ」
「うん、あったよ。1104番」

母は何も言わなかった。無音の間が続き、鼻をすする音がした。

「母さん?」
「おめでとう、よく頑張ったわね」 涙声だった。
「うん。母さんと父さんのお陰だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「急いで帰るよ」
「慌てなくても大丈夫よ。それに、もうじきお父さんも帰ってくるそうよ」
「嬉しいな。でも、時間は?
「大丈夫よ。少しぐらいなら

携帯をポケットにしまい、ぼくはもういちど番号を確認しに戻った。

やっぱりそれは輝いていた。

校門へ向かおうとして始めて人の多さに気づく。
あちこちで胴上げが始まっている。
ぼんやり掲示板を見上げているやつもいる。泣いているやつもいる。嬉し涙か、悔し涙か。
でも、そんなこと、ぼくにはもうどうでもいいことになっていた。

『サクラサク、ハルガキタ』 どこかで読んだフレーズが浮かんだ。

帰宅すると父も帰っていた。

食卓には乗り切らないほどの料理。
それでも母はまだ何かを作っている。
父は珍しく上着を脱いでいた。
シャツ姿の父を見たのは初めてのような気がする。

「母さんから聞いた。おめでとう。頑張ったな」

父が握手を求めてくる。ぼくは両手でしかっりと握った。
それは思いのほか華奢に感じた。

「さっ、始めましょうよ」

母の合図で食卓につく。
誰からともなく、この一年間の想い出を話す。
楽しかったことばかりが目立つ。
父はいつになく饒舌で、母は嬉しさからか何度も目を潤ませた。

それは、懐かしい時間だった。ずっと昔にもあったような。。。

父が腕時計に眼を落とした。

時間ですか?」 母が訊く。
ああ、これ以上は」 父が上着を手にして立ち上がる。
「ありがとう、父さん」 感謝が自然に口を突いた。

父はぼくの肩を軽く叩き玄関へ向かう。ぼくはその背中に向かってもういちど言った。

「ホントにありがとう。父さん」 父は振り返ることなく右手を軽く上げ出て行った。

「さっ、わたしは後片付けにかかるわね」
「手伝うよ」
「いいわ、座ってて。二人だと早く終わっちゃうから」
「でも……いいの?」
サービスよ

ぼくは母が片付け終わるまで、食卓の椅子に座り母の背中を見ていた。
母はいつもより念入りに片付けをしている。

そして、6時ちょうどに、それは終わった。

終わっちゃたわ
「うん」
「じゃ、母さんも行くわね
「ありがとう、母さん」
「なに言ってるの、これからが大変なのよ。しっかりね」

いつもの優しさに満ちた微笑を残して、母も家を出て行った。

そして、ぼくのまわりがすべて透明になった。

電話の音。
黙って、受話器を耳にあてた。

──こちらは家族派遣センターでございます。
この度はご利用いただきありがとうございました。
【大学受験合格バージョン・1年コース】本日6時を持ちまして終了でございます。
如何でしたでしょうか?

1年前と同じ声が聞こえてきた。

「凄くよかったです」 ぼくは正直に答えた。

──ありがとうございます。
お試しいただいたバージョンは当社が自信をもってお勧めしているバージョンで。。。

相変わらず感情の感じられない声だった。

──宜しければ引き続き【大学卒業バージョン・4年コース】もございますが如何でしょうか?

初耳だった。
母の涙ぐむ姿が蘇る。

「それ。お願いします」 気が付くと、そう言っていた。

──ありがとうございます。こちらのバージョンは、ご利用期間が4年となっておりますので、金額の方が多少張りますが、ただいまちょうど、バージョン更新キャンペーンを行っておりますので、大変お値打ちにご提供させていただくことができます。。。

1年前と同じ説明が繰り返される。でも、お金のことなんかどうでも良かった。ぼくには、死んだ両親が残してくれた遺産がある。多分、一生かかっても使い切れないだろう。

ぼくが欲しいのはお金じゃなくて家族なんだ。

「あのぉ~同じ人がいいんですけど」 ぼくは小さな声で言ってみた。

──かしこまりました。早速、手配いたします。他にオプションもございますが?

「じゃ、妹を1人お願いします」 今度は大きな声で言った。

──かしこまりました。それでは確認させていただきます。
【卒業バージョン・4年コース、妹オプション】確かに承りました。
本日8時より開始させていただきます。ありがとうございました。
それでは4年後にまた。。。

8時になった。

玄関の扉が開く音に続いて、元気な声が聞こえてきた。

「ただいまぁ~ お兄ちゃん、受かったんだってぇ~」

ぼくにまた新しい家族ができた。

Haru
Haru

これはフィクションで、my Styleのお客様とは関係ありません。。。たぶん

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