バーテンダー 孝

アルコール類を嗜(たしな)むようになったのは何歳(いくつ)のときだっただろう。

20代のころは嗜むなどとはほど遠く、まさしく飲み散らかす状態だった。

それが30代に入り本当の意味で酒を味わうことができるようになり、飲み方も変わってきた。

行きつけの酒場も数件でき、ゆったりとした時間の流れを楽しみながら飲む心地よさを知った。

バーボンの旨さがわかったのもこのころである。

私は独り、もしくは気心の知れた相手と飲むことが多い。

大勢で騒ぐ酒宴も嫌いではないのだが、やはり気に入った酒場での独り飲みが性(しょう)に合っている。

しかし、近頃はこの手の酒場にお目にかかるのが難しくなってきた。

どの店でも何かと世話をやいてくださる。

店とすればサービスの一環なのだろうが、某チェーン店のように、ハンバーガーを買うと必ずフライド・ポテトを勧める手合いのサービなど、酒場には似つかわしくない。

酒場、中でも【Bar】と名がつく店に不可欠なものはバーテンダーである。

そして、落ち着ける店にはそれなりのバーテンダーがいるものだ。

彼らは、決して飲み手の邪魔にならず、あらゆることに精通しているのだが、それを声高には語らない。

「それにつきましては、〇〇ぐらいとしか存じあげません」などという言い回しをされる。

空になったグラスを前にしても、あからさまに代わりを勧めるのではなく、そっと近づいてはそれとなく目で訊いてくる。

そんな仕事振りは、まさしくプロといっていいのだが、近頃では滅多にそんな仕事振りに出逢わなくなったのは淋しい限りである。

私が40代のころに通った店でこんなことがあった。

時は昭和である。

そこはブルースを聞かせる店で、週末にはライブもやっていた。

ある日、サラリーマン風の年配客が二人連れでやってきた。

どうみても、その店には似つかわしくないうえに、その時点でかなりできあがっている様子。

音が大きいだの、早く酒をもってこいだのと、あたり構わず喚(わめ)き散らす。

当時、その店には20代後半の若いバーテンダーがいた。

私は、彼の、その年齢とは思えない仕事振りを眺めながら一杯やるのが好きで、その店に通っていたようなものだった。

その彼が、いつものようにそつのない動きでグラスを客のテーブルに置いた。

やや暫くして、それに口をつけた件の二人連れが怒り始めたのだ。

「水じゃねぇーかよ!酒をたのんだだろ!」

その客に向かって彼が言った言葉を今でもはっきりと思い出す。

「年寄りに冷や水!」

そして彼は【B.B.King】の【Everyday I have the blues】のレコードを回し始めた。

まわりの客が大受けしたのは言うまでもない。

曲が始まって間もなく、ほぼ全員がレコードに合わせて大合唱する中、件(くだん)のお二人はスゴスゴと店を後にされたのである。

昭和の時代には、こんな店もあったのだ。

残念なことに、この店は無くなっているが、こんなバーテンダーのいる店で一杯やりたいものだと思い出してしまった。

同時に、ひょんなことから、今は彼と同じ側にいる私としては、少しでも彼に近づければと思ってやまないのである。